バンコクで起業ししたものの、タイ語は難しい・・・日々努力。
午後から大雨

タイの雨季は、いったん雨が降り出すとしばらくは止まない。
今日は雷も伴い、昼過ぎには庭が洪水になった。このあたりは、道路が高く周りの住宅が建て替えをしない限り、雨季には遊水地の一部となる。
もっとも下水はあるものの、吐き出す量と受け入れる量がバランスしないものだから、どこかでしばらくとめなければならない。
東京都のように大規模な地下貯水池でも作らない限り、バンコクの道路はあちこち水溜りとなる。
昔は、主要な道路が運河を埋め立てた後だったから、10数年前にバンコクの銀座通りといえるシーロム通りも雨季に船で通ったという人もある。

最近は、国王の命によりタイの中央部を北から南にバンコクを通過してタイ湾に流れるチャオプラヤ川の流れを分けて、バンコクが洪水にならないように土木工事がなされている。
それでも市内の各地に雨が集中すると洪水になる。
我が家でも年に数回はその被害を受けるが、どうもこれでも良いのか、と考えるようになった。
日本では、30年に1回の洪水対策で大規模な公共工事が行われるが、それよりも分散すれば市民の負担が少なくて済む。
もうひとつ。土木工事を実施すれば、実際の工事にかかる費用よりも管理費が高いという事例もある。

タイの雨季は、いったん雨が降り出すとしばらくは止まない。
今日は雷も伴い、昼過ぎには庭が洪水になった。このあたりは、道路が高く周りの住宅が建て替えをしない限り、雨季には遊水地の一部となる。
もっとも下水はあるものの、吐き出す量と受け入れる量がバランスしないものだから、どこかでしばらくとめなければならない。
東京都のように大規模な地下貯水池でも作らない限り、バンコクの道路はあちこち水溜りとなる。
昔は、主要な道路が運河を埋め立てた後だったから、10数年前にバンコクの銀座通りといえるシーロム通りも雨季に船で通ったという人もある。

最近は、国王の命によりタイの中央部を北から南にバンコクを通過してタイ湾に流れるチャオプラヤ川の流れを分けて、バンコクが洪水にならないように土木工事がなされている。
それでも市内の各地に雨が集中すると洪水になる。
我が家でも年に数回はその被害を受けるが、どうもこれでも良いのか、と考えるようになった。
日本では、30年に1回の洪水対策で大規模な公共工事が行われるが、それよりも分散すれば市民の負担が少なくて済む。
もうひとつ。土木工事を実施すれば、実際の工事にかかる費用よりも管理費が高いという事例もある。
ニューデリーにある大病院で

6月17-20日に滞在したデリーで歯が痛くなった。6/18は日曜だが、どこかクリニックでもやっていないか、ホテルの受付に訪ねると近くの歯科を紹介された。ところが、ホテルを出て歩きだすと、輪タクの運転手が「どこに行くのか、観光地を案内する」など歩いて次々に言い出してくる。仕方がないので、「病院を探している」と答えると案内をしてくれた。ようやく運転手は退散。しばらく病院内をたずねると、あいにく歯科は休診。仕方なく、病院を出て紹介されたクリニックを探したが、見つからなかった。
6/19の夕方、仕事が終えた後、別の病院へ行くことにした。
紹介された病院が写真の病院。ニューデリー1.2の病院とかで、拡張に拡張を続けており、タイの私立病院と同様。
ありがたいことにどこでも英語が通じるので、歯科の先生も見つかった。予約がないまま飛び込んだが、日本人観光客だとして親切に歯科まで案内された。

6月17-20日に滞在したデリーで歯が痛くなった。6/18は日曜だが、どこかクリニックでもやっていないか、ホテルの受付に訪ねると近くの歯科を紹介された。ところが、ホテルを出て歩きだすと、輪タクの運転手が「どこに行くのか、観光地を案内する」など歩いて次々に言い出してくる。仕方がないので、「病院を探している」と答えると案内をしてくれた。ようやく運転手は退散。しばらく病院内をたずねると、あいにく歯科は休診。仕方なく、病院を出て紹介されたクリニックを探したが、見つからなかった。
6/19の夕方、仕事が終えた後、別の病院へ行くことにした。
紹介された病院が写真の病院。ニューデリー1.2の病院とかで、拡張に拡張を続けており、タイの私立病院と同様。
ありがたいことにどこでも英語が通じるので、歯科の先生も見つかった。予約がないまま飛び込んだが、日本人観光客だとして親切に歯科まで案内された。
あなたは何にこだわっていますか

弊社とYさんとの出会いは、10数年前にある勉強会で知り合ったAさんの紹介であった。Yさんのお話を聞くと、関西のある大学卒業で、小生と同窓であった。小生よりもすこし若い世代であるが年齢の違いを超えてお付き合いをする中で教えられることが多い。
それは小生に新しい施設の備品調達を依頼されたこだわりにあった。Yさんは介護の業界に参入してからお客様であるシニアの健康を向上させるサービスを提供するのだというこだわりがある。介護保険制度は制約が多いから今まで他の施設でつかったものなら良い、と妥協をすることはない。少しでも良いサービスをしたい、またそのための設備、什器も工夫をしたい、という思いから海外に目を向けた。日本では、個別の対応をする会社が少なくなったことと、予算が超えることからである。友人のデザイナーとメーカーを探して中国を歩いたこともある。タイも既に数年も来ているがYさんのこだわりに答えるところが少なかった。小生との出会いからも何日も、タイ国内やベトナム国内を歩いた。見積もりから工場の現場確認、作品の比較、試作品の検討などようやく施設が必要とする備品をつくる会社が見つかった。

こちらのデザイナーもこだわりのあるHさんである。今まで欧米のメーカーから要望を受けて作った作品も気に入らないからといってやめたこともある。注文先からの要望を超えて、出荷前日まで手を加えたこともあるこだわりのデザイナーである。
当初、このHデザイナーとの出会いを設けた際も、「Yさんの要望が気に入れば世界のどこにもないすばらしい作品を創ってくれます」と説明したが、最初の出会いではHさんからは「他の会社に頼んだら」と剣もほろろの対応であった。
2回、3回と日本から来るたびにHデザイナーを訪問してYさんのこだわりを説明すると、その熱意にほだされたのか、Hデザイナーが「実は今まで暖めてきた構想がある」といっていくつもの試作品を見せていただいた。
Hデザイナーも予算の枠を超えて多くの試作を作り、最終承認を得たデザインでもさらに工夫を加えて、Yさんの希望を生かそうとされた。出会いから半年の間にYさんとデザイナー、現場の技術者とチームができた。この共同作業を通じて日本のでもどこにもないすばらしい作品ができた。HデザイナーにYさんが現場の希望を率直に伝えたことが素晴らしい商品につながったわけである。
Yさんから「われわれ現場の要望とデザイナーの思いがかみ合わないと、良い商品が出来ないことがわかった」と仲介の労にたいしてねぎらって頂き、ご本人愛用の万年筆をいただいた。万年筆もYさんのこだわりのものであった。

弊社とYさんとの出会いは、10数年前にある勉強会で知り合ったAさんの紹介であった。Yさんのお話を聞くと、関西のある大学卒業で、小生と同窓であった。小生よりもすこし若い世代であるが年齢の違いを超えてお付き合いをする中で教えられることが多い。
それは小生に新しい施設の備品調達を依頼されたこだわりにあった。Yさんは介護の業界に参入してからお客様であるシニアの健康を向上させるサービスを提供するのだというこだわりがある。介護保険制度は制約が多いから今まで他の施設でつかったものなら良い、と妥協をすることはない。少しでも良いサービスをしたい、またそのための設備、什器も工夫をしたい、という思いから海外に目を向けた。日本では、個別の対応をする会社が少なくなったことと、予算が超えることからである。友人のデザイナーとメーカーを探して中国を歩いたこともある。タイも既に数年も来ているがYさんのこだわりに答えるところが少なかった。小生との出会いからも何日も、タイ国内やベトナム国内を歩いた。見積もりから工場の現場確認、作品の比較、試作品の検討などようやく施設が必要とする備品をつくる会社が見つかった。

こちらのデザイナーもこだわりのあるHさんである。今まで欧米のメーカーから要望を受けて作った作品も気に入らないからといってやめたこともある。注文先からの要望を超えて、出荷前日まで手を加えたこともあるこだわりのデザイナーである。
当初、このHデザイナーとの出会いを設けた際も、「Yさんの要望が気に入れば世界のどこにもないすばらしい作品を創ってくれます」と説明したが、最初の出会いではHさんからは「他の会社に頼んだら」と剣もほろろの対応であった。
2回、3回と日本から来るたびにHデザイナーを訪問してYさんのこだわりを説明すると、その熱意にほだされたのか、Hデザイナーが「実は今まで暖めてきた構想がある」といっていくつもの試作品を見せていただいた。
Hデザイナーも予算の枠を超えて多くの試作を作り、最終承認を得たデザインでもさらに工夫を加えて、Yさんの希望を生かそうとされた。出会いから半年の間にYさんとデザイナー、現場の技術者とチームができた。この共同作業を通じて日本のでもどこにもないすばらしい作品ができた。HデザイナーにYさんが現場の希望を率直に伝えたことが素晴らしい商品につながったわけである。
Yさんから「われわれ現場の要望とデザイナーの思いがかみ合わないと、良い商品が出来ないことがわかった」と仲介の労にたいしてねぎらって頂き、ご本人愛用の万年筆をいただいた。万年筆もYさんのこだわりのものであった。

ハノイ市内で友人と夕食を済ませて、ホテルまで歩いて帰った。
大通りを曲がると、大きな建物がある。
何かなと、たずねて行くと、どうも映画館か劇場らしい。
英語で質問しても、先方がわからないらしく、中へ入るように
ジェスチャーで案内してくれた。
ロビーが暗いので、ホールの中へ入ると演劇をやっている。
残念ながら、ベトナム語はまったくわからないのでどの演劇かは不明だが、どうもフランスの原作「人形の家」らしい。
小一時間、見ていくと男女の出会いと分かれの場面。
やり取りで、場内が沸く場合もあるが、当方は不明。
遅いので、再度ロビーにでると劇場のポスターがあった。
昔はTV、映画など娯楽の少なかったベトナムであるが、
劇場文化を大事に守っていることがわかる。

翌日、あるホテルでセミナー会場を見て回ると、どうもセミナーが終わったあとで歌手が歌っている。
歌謡ショーかと聞くと、そうではないらしい。
ベトナム人だけを対象にしてセミナー、講演会を行うと、最後に
歌手によるショーがあるらしい。
昔、商品の宣伝で、庶民を集めるために歌手を呼んで、最後に歌謡ショーをやっていた、田舎のことを思い出した。
日本では忘れ去られた文化活動が、ベトナムでは根付いているようだ。
これらを見ていくと、セミナーなど最先端の情報を提供するにも
庶民の心をつかんだ手法を大事にしていることがわかる。
では、豊かさとは何だろうか?
所得と栄養カロリーから、貧困を定義したインド経済の分析手法もあるが、数字で出てこない、豊かさを見つけることも旅の楽しみ。

いざ、車が故障としたら

バンコク市内は高架鉄道BTSと地下鉄、バス、タクシーの利用でほとんどことが足りるが、少し駅から離れる場合は車が必要。
今朝も、早くからの打ち合わせということで車で出た。
ところが、打ち合わせが終わってから問題発生。
1kmほど走ると、車のエンジンが急に止まった。
故障だ。エンジンがかからない。道路の真ん中で止まった。
後続の車を止め渋滞の原因を作ってしまった。
ギアをニュートラルにして、道端まで移動。
モーターバイクタクシーの運転手も押してくれた。

朝訪問した友人に電話をして、近くの修理工場を教えてもらう。
20分後、友人も、車で駆けつけてくれた。その時には、過熱が収まったのか、エンジンがかかった。
友人の道案内でガソリンスタンドに行く。
ピットサービスに見てもらうと、ラジエターの水が足りずエンジンの過熱をとめる意味でストップしたようだ。
いわゆる、車のセーフガードが働いた、と言うわけ。
仕事も、過熱する温度を冷やす、セーフガードの役目が休日。
夏休みもとらねば・・・

バンコク市内は高架鉄道BTSと地下鉄、バス、タクシーの利用でほとんどことが足りるが、少し駅から離れる場合は車が必要。
今朝も、早くからの打ち合わせということで車で出た。
ところが、打ち合わせが終わってから問題発生。
1kmほど走ると、車のエンジンが急に止まった。
故障だ。エンジンがかからない。道路の真ん中で止まった。
後続の車を止め渋滞の原因を作ってしまった。
ギアをニュートラルにして、道端まで移動。
モーターバイクタクシーの運転手も押してくれた。

朝訪問した友人に電話をして、近くの修理工場を教えてもらう。
20分後、友人も、車で駆けつけてくれた。その時には、過熱が収まったのか、エンジンがかかった。
友人の道案内でガソリンスタンドに行く。
ピットサービスに見てもらうと、ラジエターの水が足りずエンジンの過熱をとめる意味でストップしたようだ。
いわゆる、車のセーフガードが働いた、と言うわけ。
仕事も、過熱する温度を冷やす、セーフガードの役目が休日。
夏休みもとらねば・・・
これほどあるのか
ー子供が海外に留学するための申請書類
昨年から、長男が海外に行くということで準備をしていたが、いざ行く先の学生ビザを取る段階になってあわててしまった。
日本人家族が海外で駐在している場合、現地の高校、大学に入るには駐在しているときのビサ、住居証明などそのままである。入学許可証とともに新しく用意するのは学費が支払えるか、という書類がいる。
ところが、駐在している国から海外に行くとなると必要な書類は増える。
まず、現地の日本大使館に在留届を出している証明書(1日)
子供の保護者であるという証明も簡単に出るかと思うと、日本の本籍のある役場で6ヶ月以内に発行された戸籍正本がいる。急いで、日本にいる兄に電話で戸籍謄本を取得のお願いをした。役場に聞くと、個人情報管理の関係で、兄弟なら謄本が取れるとのこと。(1週間)
急いで送ってもらい、大使館に届ける。(1日)

ところが、これだけでは済まなかった
ー子供が海外に留学するための申請書類
昨年から、長男が海外に行くということで準備をしていたが、いざ行く先の学生ビザを取る段階になってあわててしまった。
日本人家族が海外で駐在している場合、現地の高校、大学に入るには駐在しているときのビサ、住居証明などそのままである。入学許可証とともに新しく用意するのは学費が支払えるか、という書類がいる。
ところが、駐在している国から海外に行くとなると必要な書類は増える。
まず、現地の日本大使館に在留届を出している証明書(1日)
子供の保護者であるという証明も簡単に出るかと思うと、日本の本籍のある役場で6ヶ月以内に発行された戸籍正本がいる。急いで、日本にいる兄に電話で戸籍謄本を取得のお願いをした。役場に聞くと、個人情報管理の関係で、兄弟なら謄本が取れるとのこと。(1週間)
急いで送ってもらい、大使館に届ける。(1日)

ところが、これだけでは済まなかった











