バンコクで起業ししたものの、タイ語は難しい・・・日々努力。
たくましいベトナム出身者
 --華僑ではなく越僑と呼ぶらしい

 6月はじめに訪問したHCMの会社は中小企業庁が認定した元気な中小企業300社に選ばれた会社であった。

 1975年のサイゴン陥落の前後に米国をはじめ諸外国に逃げたベトナム人は数百万人に上る。その後、米国などで成功したベトナム人を共産党政権は新しい投資家として受け入れている。
 元フックさんもその一人。現在は、日本に帰化して日本の名前を持つ事業家N社長である。 

未成熟幼児の人口呼吸器を開発

 1984年に高頻度人口呼吸器を開発し、米国に持ち込んだ試験機が採用された。その売れた資金を元に、人工肺や酸素濃縮機など開発を進めた。
 その後も、関連技術を海外に売るなど資金集めに苦労を重ねた。日本国内の銀行からはまったく相手にされなかったが、今や銀行のほうから融資を提案してくれるまでになった。

 現在の構想は、製品開発の一部を出身地であるベトナムに持ってきたい、という希望がある。
 6月はじめに長男として亡き父親の3回忌にHCMに戻った機会に、紹介されて面談したもの。弟さんたちも、立派に事業を成功して、兄弟が競合することのないようにしている。

 ものづくりの背景には、ベトナム人のたくましい精神がある。 
 2000年もの間、中国との戦争に明け暮れ、フランスからの独立戦争、米国との戦争を経験して信頼できるものは何か、わかっている。
 日本もようやくこのようなアジアからの避難民をわずかでも受け入れてきたが、今やフックさんのような頭脳を日本経済の活性化に生かしてください、とお願いする時代になった。
 INVEST JAPANと海外からの投資歓迎といわず、STUDY IN JAPANとして中国だけではなく、広くアジアからの留学生を歓迎する時代になった。
 ベトナムにはIT産業に従事する若い頭脳群がまだまだ豊富にある。中でも日本語を学んで、日本企業のオフショア開発の担い手として活躍している事例もある。彼らが将来の日本のIT産業を外から担う力となる時代が近い。
HCMハイテクパーク


 なお、バンコクにもこのようなベンチャーが生まれるところがある。
近く、紹介をする予定。
スポンサーサイト