バンコクで起業ししたものの、タイ語は難しい・・・日々努力。
カンボジアの国道を走ると

8月20日から短期でカンボジアに入った。
21日はプノンペンからシアヌークビルまで240kmの道を走る。
市内を出るとそこから徐々に車が少なくなる。
朝6.30に出てようやく10時過ぎにシアヌークビルにつく。
国道4号線


海岸を走ると、立派な家が目に入る。
李下を正す

バンコクで見たことも無い立派な家である。
運転する政府のお役人に聞くと、S副首相の別宅だそうだ。
李下に冠をただす、という言葉がある。
木下で冠を直すと、果物を取っているように見えるので、
誤解をされないように木下では冠を直さない、こと。
ひいてはものごとの姿勢を正すことにある。
美しい海岸を一望に見渡せる高台に政府の高官の別荘があると、まさしく何か特別なことをしている方なのか、と思われる。

美しい海岸


たまたま、シアヌークビルからプノンペンへの帰り道。
タンクローリーに追いつき追い越した。
あれ、何か書いてある。
私の運転はいかがでしょうか?
何かコメントがあればお電話ください、と英語で書いてある。
私の運転はいかがでしょうか


そうか。英語でしか書いていないことは、学歴の高い人に呼びかける標語か?
道理で、庶民には縁がないのが、袖の下と、机の下。
カンボジアは、まだまだ人間関係が重要な国らしい・・・
いざ、車が故障としたら

trafic jam


バンコク市内は高架鉄道BTSと地下鉄、バス、タクシーの利用でほとんどことが足りるが、少し駅から離れる場合は車が必要。
今朝も、早くからの打ち合わせということで車で出た。
ところが、打ち合わせが終わってから問題発生。

1kmほど走ると、車のエンジンが急に止まった。
故障だ。エンジンがかからない。道路の真ん中で止まった。
後続の車を止め渋滞の原因を作ってしまった。
ギアをニュートラルにして、道端まで移動。
モーターバイクタクシーの運転手も押してくれた。


China townの大通り

朝訪問した友人に電話をして、近くの修理工場を教えてもらう。
20分後、友人も、車で駆けつけてくれた。その時には、過熱が収まったのか、エンジンがかかった。
友人の道案内でガソリンスタンドに行く。
ピットサービスに見てもらうと、ラジエターの水が足りずエンジンの過熱をとめる意味でストップしたようだ。
いわゆる、車のセーフガードが働いた、と言うわけ。

仕事も、過熱する温度を冷やす、セーフガードの役目が休日。
夏休みもとらねば・・・
サンドウッチ店でコーヒーを注文したら

7月28日(土)昼前、カンボジア、プノンペンの中央市場の周りを歩きつかれて、あるサンドウッチ店に入ることにした。
ラオスのパンもおいしかったが、カンボジアのパンはどうだろうか、という軽い気持ちであった。
ソーセージと野菜をはさんだオープンサンドである。
飲み物は?
コーヒーがないのか、と尋ねると、無い、との返事。
水かジュースしかないらしい。
再度、店員に「なんとかコーヒーを」と頼むと「しばらく待って」との返事。
サンドウッチ店でコーヒーの注文



サンドウッチを半分食べ終わって、まだ来ない。
店員が忙しいので店長に尋ねると「うちではコーヒーは無い」との返事。店長が店員に尋ねていると、どうも準備をしているらしい。
店長が「しばらく待ってほしい」という。

そのうち、コーヒーを持って少年が来た。

近所のコーヒーショップに出前を頼んだらしい。

そうか、これが「商店街の心か」と得心をした。
1990年代、大阪の玉造商店街で役員から聞いた話を思い出した。
「商店街に来たお客様の注文にそのお店で商品が無かった場合は、どうすると思う?」と聞かれた。
さて、どうするのだろうか。
丁寧におことわりするのだろうか。
「近所の競争相手の店に行って注文の商品を仕入れて、その商品をお客さんに売るのが、商店街ですがな」

「競争もするが、協力もする」
これが商店街の心だと伺った。
プノンペンの店で、思い出すことができた。
バーツ高でタイの失業者は増えないか
ーーータイの失業者は80万人だけなのか

タイの労働人口は3600万人。これは総人口6300万人の57.1%になる。
このほど労働省の役人から現政権がバーツ高により、輸出企業などから人員整理や解雇の考えがないのか、またその防止策を聞き取りを始めたと聞いた。これは7月13日紹介の全員解雇した繊維業界の事例にもあるように
企業単独の努力では難しいことを理解してのことかどうか、不明であるが何らかの行動をとろうとしていることは確か。
自動車産業は裾野が広がり、いったん進出した企業もおいそれと撤退はできないが、繊維や電機業界は一度、その地が立地上ふさわしくないと判断すれば、工場を海外に移すこともある。

ストを見守る付近の住民

(写真は、ある繊維工場が閉鎖によって従業員全員解雇を行ったため、従業員が工場前の道路も封鎖してストをした。このため、交通整理を目的に警察も入り、付近の住民も心配げに見守っていた様子を7/12撮影したもの。7/13の記事でも紹介)

日系企業は、今は2交代勤務を1交代に変えても、正規従業員の解雇はやらないが、台湾系など工場の海外移転を進めている事例もある。
日本の企業が1980年代に体験した円高などにより事業を閉鎖せず生き延びた理由を考えてみよう。
1)産業の裾野が広かった
2)小さな会社でも独自の技術があった
3)労使協調体制が取れたこと、などは大きな理由である。
では、現在のタイ企業はどうなのか?
1)固有の技術はあるのか?
2)労使協調が取れるのか?
 今までのように転職が多ければ、労使協調は難しいのではないか?
3)機械ではなく、労働者の能力は高いのか、など見直すべき点が多い。

さて、タイの社会保障制度、セイフテイネットについて説明する。
この制度は2003年タクシン政権時代に発足させて現政権も継続している制度。
ところが、社会保険制度に加入しているものは上記の労働人口のうち、845万人のみ。
この0.89%が失業保険制度によってカバーをされている。この数字が80万人。
条件として6ヶ月勤務して、そのうち失業保険を払った期間に応じて、
元の給与の50%が支給される。
失職して1週間後に支給。その期間は毎日、求職活動に従事していることが条件。
1997年の通貨危機で、失業者が増えなかったのは、
1)田舎に帰って農業に従事したもの
2)都会で自営業、屋台を始めたものなど
主な失業者吸引のセイフテイネットとなった。

小資本でも開業できる日曜市



今後の動きを見る場合、年末にかけてボーナス交渉がどうなるか、目を離せない。
労働者は昨年並み、あるいは昨年以上の要求をするだろうが、経営者としては1年で18%もバーツが高くなって、企業努力は限度を超えてきた。
ユニオンフットウエアなど大手の企業グループですら1万人近い労働者を人員整理をしたいと思っているほど。
6ヶ月先の仕事の動きを見るのは、金型産業の動きを見ればよくわかる。
1ヶ月前に、地方を回った友人の話によると、自動車関連はまだ良いが、電機、家電、通信関連の金型が仕事は大幅に減少。
金型の低位のものはベトナムに、同程度のものは中国から輸入。
モデルチェンジの速度も落ちて、受注全体が縮小とか。

現地のある電機メーカーは、家電の国際競争力が弱いと見て、中国系の企業と提携して車の製造に業種転換をしたものもある。
今年初めからベトナムに6回も訪問すると、タイから工場の一部を移転している事例もあった。
タイの産業がどのように生き延びるか、経済の踊り場に来ているように感じる。