バンコクで起業ししたものの、タイ語は難しい・・・日々努力。
UDD占拠地区にまだ6000人も
ージャカルタの騒動経験者は、タイは平和だと言うものの・・・
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5月14日の午後、政府軍は反政府運動UDDの占拠を武力で追い出し始めた。正確に言うと、兵糧攻めである。外部から、食料の持込をできないようにして、UDDと政府が対面する場面での衝突が増えている。このため、5月14日は7名の死亡者、100名を超える負傷者が出た。UDD内部でも、路線争いが起こり、平和交渉派が小数になり、戦闘派が主導権を握った。

4月10日の政府軍との衝突で25以上の死者が出て以来の、大きな衝突が続く。
この事態をどう見るか?

簡単に、この間の経緯を見ると、5月10日にUDDはアビシット首相の和解へのロードマップ承諾の条件を提示して、政府側の飲みにくいハードルを上げた。
政府はバンコクの中心街を占拠する一行を追い出さない限り、11月14日の総選挙を取り消すと言明。ますますUDDとの路線対立が明確になった。
後は、武力行使しかないのか、と見ていたところである。地下鉄、高架鉄道BTSは5月15日、16日とも運休。市内中心部の移動はバスと、タクシー、車だけである。もちろんUDD占拠地区には入れない。
5月14日の午後、バンコクの高架鉄道BTSと地下鉄は営業をストップした。理由は、中心部に占拠する反政府運動UDDを囲い込み、電気と水を止めて兵糧攻めにして占拠地区から追い出すことである。このため、13日には周辺の住民、会社は一時的に地区外へ退避するようにと政府の指示が出た。5月14日は日本大使館も午後から営業をとめ、米国大使館、オランダ大使館も休業になった。
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周辺の住民に被害が及ばないことを確認して、政府軍の包囲網作戦開始である。

5月15日も包囲網に反発するUDDのグループと政府軍と衝突して死傷者がでている。
5月15日夜の治安責任者の記者発表によるとUDD占拠地に6000名の参加者がいて、食料などの不足が予想され、包囲網の外からの搬入場面で、衝突が予想される。

たまたま、日本から来た友人の一人が1998年のジャカルタの騒動を経験した。彼の説明によると、ジャカルタの騒動は、1箇所にとどまらず、市内全体で暴動になった。それに比べると、今回のUDDは一区角だけで、他の地域への広がりが無い。平和なものだ、との意見。

確かに,UDDの運動はある程度の動員があったもののさすがに2ヶ月も続くと、運動の継続は難しくなり、武力派と平和派に分かれた。

後は、政府側がどう攻めるか?UDDの指導部が政府側と交渉をどうするか。
死者が数百人も超えないと、終わらないのでは?
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