バンコクで起業ししたものの、タイ語は難しい・・・日々努力。
知人が日本へ帰国

ある会社の、タイの法人で副工場長を探している、ことからT氏は定年後の活躍の場をタイに決めた。
その任期が終えて,さて、日本へ帰ると何ができるか、自問した。
家族と相談すると、ふけるにはまだ早い、ことから再度、挑戦をすることになった。
その立場は、親会社が中小企業で現地に責任者として赴任をしてほしいというもの。
現地社長である。先に勤めた副工場長と立場が、技術を除く、経理、人事そのものだから今までの会社勤務で経験できなかったマネジメントすべてを経験していたわけである。
そこで、技術面は日本の本社から応援をしてもらって、タイ法人の経営を任された。
そのときに出会ったのが、小生がある。ヘリテイジクラブで定例の勉強会を開催した中で、知り合った関係である。
中でもISOを経営に生かす、ことからM氏とも知り合って、同社がISO14000取得に貢献。
その後、再度、転職してイースタンシーボードの会社の運営も任された中でも,ISOを経営の指針とした。
2011年から後任にMDの職務を任せて、4月に帰国する直前に送別会を開催した次第。
DSC09414-20mr.takeo and mr.miyamura
2000年4月からバンコクにいると、新しい出会い、旧友との別れは避けられない。
お元気で,Tさん。
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